まほろば紀行

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青少年の施設は国の登録文化財

鈴鹿峠自然の家、名前を聞いたことはあったのだがその建物の存在を私は長らく知らなかった。
そのネーミングから連想される「青少年の~」みたいな施設だろうと、特に気にも留めなかった。

ところが歴史を紐解けば、昭和13年(1938)建設の洋風建築であったのだ。
その事実に気が付くのがいささか遅すぎたことは正直否めない。
人生日々勉強とはこういうことを言うのだろう。
そして大事なことをもう一つ、今ではすっかり青少年の施設になってしまった前身は、公民館であり本来の用途は「旧坂下尋常高等学校」そう元は、小学校の校舎なのだ。

それでは、みなさま暫し私と共に洋風建築散策の旅に出かけようではありませんか。
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がっちり、青少年の宿泊研修施設になっているので残念ながら中を見ることは叶わなかった。
しかしガラス越しに見る内部は、綺麗に整備されていて青少年をいささか……いや遥か昔に置いてきた私にとっては、夢の校舎である。

無論時計の針は、がっちり時を刻む。

三重県亀山市関町

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by travel2013 | 2015-09-30 00:10 | 近代建築gallery | Comments(0)

ノスタルジック銭湯

夕暮れは夜の始まり

ネオンがポストを染める…石柱を染める…空気を染める頃

暖簾を潜れば湯船があなたを待っている

ようこそ昭和レトロな銭湯へ

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ルン・ルンルル・ルンルンルン~♪

そして物語りはここから始まる(気がする)



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by travel2013 | 2015-09-26 00:07 | 近代建築gallery | Comments(0)

伊勢本街道~美杉町

奈良から伊勢まで続く街道の一つに伊勢本街道がある。

古くは倭姫命が通った道に始まり、伊勢神宮を目指す旅人で賑わいをみせた街道もやがて、時代と共に衰退の一途を辿ることになる。

しかし発展から取り残された事で、私達が当時の旅路を体験できるのも時代の悪戯なのかもしれない。

街道から伊勢方面の景観
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「新田橋」の袂に黒の三階建ての建築物が目を引く。
しかし人の気配は、感じられない。
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新田橋を流れる川の流れはきっと今も昔も変わることはない。
そう考えると自然は大きく、人は小さく感じられる。
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十字路に残る常夜灯。
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大橋を渡ると、古い町並みが広がっていた。
この辺りの建築は、軒の出が深く街道に大きな影を落としていた。




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by travel2013 | 2015-09-25 00:05 | 三重紀行 | Comments(2)

時には庭園を旅して

北畠氏を知ったきかけは、NHK大河ドラマ「太平記」での劇中であった。
その時の配役は、北畠親房役を近藤正臣さん、その息子である顕家役を後藤久美子さんが演じたのを今でも鮮明に覚えている。
ここで一つの疑問が発生するのだが、息子役を当時のアイドルが演じている理由としては、顕家という人物が、美少年と謳われたからではないかと想像する。

さて、そんな物語の記憶が今の私を旅路へと誘うのだった。
深い山に囲まれた三杉町は、細長い三重県の中心付近に位置している。現在は津市に属しているが以前は「美杉村」と言った。町名に変わっただけで、村の息吹が絶えることはない静かな里である。

北畠神社の鳥居から拝殿までは、朱色の印象が強く神社建築を疑う余地がない。しかしここは多気北畠一族の屋敷跡なのである。
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境内には、邸宅跡の石垣などが調査発掘されている。
拝殿から向かって左側の垣根を開くと、500年前の庭園すなわち北畠氏館跡庭園。
三大武将庭園という、強烈なキャッチフレーズは一度聞いたら、なかなか頭から離れない。
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もう一月もすれば、この庭園は見事に化粧を施した姿に変貌することだろう。
しかし、石橋からの新緑の眺めも私は悪くはないと思うのであった。







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by travel2013 | 2015-09-24 00:20 | 三重紀行 | Comments(0)

トモガシカは本当にいるんです~探検編

船内の熱気は乗船率と比例する。幸い僕達は乗船が最後の方だったため、デッキに揺られていたので汽船から流れる流線風にいくらか、熱気を避けていた。

島の桟橋に到着したのは10時30分過ぎだった。桟橋から一団となって上陸を目指す隊の中に僕達も加わり、案内所で手にしたパンフレット片手に海岸沿いを行くのであった。

しばらくすると海の家までやって来たが、何を思ったのかモデルコースから外れて山道を登り
始めた。ついに実力を発揮し始める登るシリーズ!
そしてあきらかに遠回りしてやってきたのが、緑が生い茂る第2砲台跡だった。
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帽子を被るようにして上部から侵食される様は、破壊的なイメージを和らげている気がする。
この島には、いくつもの探検隊が上陸しているおかげで山道を迷うことはない。
某探検隊を先頭に山道を再び登り始めた僕達は、道沿いの雑木林に注意をはらっていた。
子供心に夢見たような、発見を求めて。

途中で現役の友ヶ島灯台で一休み。
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さあ、呼吸を整えて友ヶ島の心臓部へ。
緑の丘から覗く異様な光景
言われて見れば、あのアニメの巨人兵を想像する探検隊一行。その証拠に島は今、空前の撮影大会が開催されていた。僕達も果敢に前線へ突入を試みるのであった。
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異彩を放つ第3砲台跡へようこそ!
真っ暗な砲台跡の下部は大きな暗闇の空間が広がっている。地下のブラックホールは、探検隊を急速に吸い込んでいく。
そして弾薬支庫からの眺めは、もはや現実の世界ではないような雰囲気が漂う。
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ぽっかり口を開けた、トンネルを潜れば遺構の濃淡は薄れていくのだろう。
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島から離れていく僕達もいつしか記憶が色あせていくことだろう。
今、僕に出来ること、それはこの記録を綴ること。


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by travel2013 | 2015-09-23 00:10 | 和歌山紀行 | Comments(2)

トモガシカは本当にいるんです~出港編

池尻キャンプ場をスタートして数百メートルだろうか?
山の1kmを舐めてはいけない。僕は、斜めはるか下の雑木林に目を留めた。

そこには二頭のトモガシカが……

隣にいたN氏は、驚きながらもしきりにiphoneのシャッターを切ったが、トモガシカの姿をとらえることは出来なかった。

朝の5時といえば、この季節もう夜は明けている。しかしこんな早朝にもかかわらず僕は、N氏との待ち合わせ場所へ車を走らせていた。途中道路を横切る狐に出くわした。この土地に長年住んでいるが、野生の狐を見たのは初めてである。ちなみにここは北国でもなんでもない、ただの地方の田舎町である。

「人間が夢の世界をさまよう頃、人の世界をさ迷う野生動物」

まだ頭は夢の中でファンタジー。
やばい?運転のすえ、5時30分にN氏と合流。ここでN氏の車に便乗し”いざ友ヶ島”を合言葉に出発した。

冴えた道路に冴えない二人……道中これと言って話題もなかったので省略するが途中で朝マックに寄ったことだけは、記述しておこう……N氏の名誉のために。

思っていたほど和歌山は遠くはなかったが、決して近くもない。山から海へと視界が開ける瞬間は山の住人にとっては、いつも心時めく瞬間である。海の景色になってから加太港は、まあまあの距離だった。

加太港の駐車場から堤防を越えて僕達は衝撃を受ける。友ヶ島汽船は長蛇の列をなしていたのだ!
早朝に出発したにもかかわらず僕達は、第1便に乗ることは叶わず肩を落とした。ところが臨時便が出るとのことで早起きしたことが報われた気がする。
9時初の汽船がピストン運航で港に戻ったのは10時、予定より一時間送れとはいえ、いよいよ友ヶ島へ出港します!

探検編に続く





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by travel2013 | 2015-09-22 15:01 | 和歌山紀行 | Comments(0)

隠町をゆく~終ノ巻 ミステリーと町の景観

旧なばり町はとても歩きやすくて散策には快適である。
地方都市では、こういった旧道は抜け道として愛される例が多いのだが今日に限ってなのかも知れないが、車の通りも少なければ人の通りも疎らである。

いたって静かな通りを進んでいくと整備された広場に出た。この辺りで整備といえば駐車場的なイメージが強いがそこは、違っていて広場の中央の石碑には「幻影城」と刻まれている。ミステリーの巨匠江戸川乱歩生誕の地である。
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さらに向かいにも先生の碑が……私的にはこちらの方が雰囲気が出ている気がする。

鉄の格子に睨みを利かす獣の存在が、周囲に異様な緊張感をもたらす。その先は覗くべからず。人は禁じられるとその衝動にかられるのは、動物的本能からくる欲望と葛藤のうねり。あぁ血が滾る。私は喉の奥を鳴らしながら獣に手を触れそうに……いかん!いかん!それは不法侵入です。(手汗)
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茶番はさておき、今回の旅紀行もいよいよ幕を閉じるかと思われた矢先、なばり町には、ミステリアスな建物が点在していた。
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いったい何屋なのだろうか?いやはや勉強不足で三層目の用途が分からなかった。
そして洋館建築との出会い。
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この旧なばり町には、歴史街道として有名な初瀬街道が通っている。
次回は、街道巡りをするのもなかなか乙ではないだろうか?
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by travel2013 | 2015-09-18 18:30 | 三重紀行 | Comments(0)

隠町をゆく~参ノ巻 魅惑のアーケードと能舞台

名張藤堂邸で日向ぼっこすること暫し。

風に揺れる庭園を見ていた私の腰は石のように重い!
意思の固い石のようだ!

しかし、旅は人生と同じで前へ進まなければならないのだ。
……アホですね(苦笑)

藤堂邸を出ると、幹線道路を挟んだ先には小学校があった。
何かの行事をしているらしく大きな声は近隣にまで聞こえていたが、私は地図を片手に南下して行くと前方には立派な屋敷が建っていた。
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小川に架かる小さな橋が屋敷の品格をさらに確固たるものにしている。そしてアーケードに辿りつく。
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静まりかえったアーケードに唯一無二の音色、カラオケと歌謡曲。
派手な演出は、昭和を王道で行く~昭和ストリートと言ったところだろう。
しかしそんな派手さと相対する登文建築が渋い。
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アーケードから枝分かれした路地の先が気になる。ある程度の直線からのカーブは旅人を誘う。
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しかしここは魅惑のアーケードである。路地ばかりに気を止めていられないのだ!
昭和レトロの建物が旅人に迫る。そう銭湯へと目まぐるしく回転するのであった。
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アーケード又の名を天井付き屋外テーマパークと云う。

旅人の言葉に耳を傾けながらやって来たのは、宇流富志禰神社。
当へっぽこ紀行に読者がいることを信じて(うるふしね)と仮名明記を怠らない私なのであった。

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鳥居、思えば3度目の鳥居である。
参道を覆う緑の濃さに蝉の声がこだます風景から、目的の拝殿へ到着。
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この神社の拝殿は、先ほど訪れた名張藤堂邸にあった能舞台を移築し、その上部に屋根を設けて拝殿したとの事で非常に興味をそそる建築物である。
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そしてこの旅もいよいよ最終章
ミステリーと町の景観へ続く







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by travel2013 | 2015-09-17 00:20 | 三重紀行 | Comments(0)

隠町をゆく~弐ノ巻 名張藤堂邸

水路を後にした私の前に、鳥居が青い空を背に凛として佇む。
寿栄神社の鳥居である。
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鳥居の奥に神社の門が見えたが、どこか勝手が違うのは気のせいだろうか?
近づいてみてはっとする。武家屋敷の長屋門だったのだ。
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藤堂邸の正門であった長屋門「太鼓門」が神社の門として移築されていたのである。
相変わらず下調べの甘さに下を巻く、へっぽこな私であった。

神社を割と早々にスルーする軽率な旅人は、太鼓門の右手から白壁を伝うようにして
名張藤堂邸へやって来た。
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ここでうんちくを一つ!
名張藤堂家とは、戦国大名藤堂高虎と言えばご存知の方も多いのではないだろうか?
高虎の養子高吉を初代とし、11代当主高節で明治維新を向かえるまで、この町を統治していた。
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今残っている屋敷は、当時の規模のほんの一部にしかすぎないのだが、それでも私の家なんかより遥かに大きい!比べる対象に疑問が残るが、細かいことは気にせず、上框を越えて時代を駆ける。
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縁側で一息。
日曜の午後のひと時、観光客は私以外に誰もない……

魅惑のアーケードと能舞台へ続く。




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by travel2013 | 2015-09-16 00:04 | 三重紀行 | Comments(0)

隠町をゆく~壱ノ巻 水路のある町並み

人口約8万人が暮らす三重県名張市。
かつて名張藤堂家が納めたこの町は、大阪のベッドタウンとなり現在では、国道165号線を
中心とした街が形成されている。
しかし市街地から目と鼻の先には、旧なばり町の風情が展開されていることに、この街の人々はいささか冷静に見えるのは気のせいであろうか……

一の鳥居を潜れば旅は始まる。

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風の通り道に水路があった。
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和の門構えと銭湯のある風景
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欄間に埋め込まれた時計は6時40分過ぎで時を刻むことを忘れていた。
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青い空にEONの文字……

旅は名張藤堂邸に続く


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by travel2013 | 2015-09-15 00:39 | 三重紀行 | Comments(0)

旅初心者が旅人を目指して奮闘する旅紀行です。


by たびんちゅに憧れて
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